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ざっきの「初めに言葉があった」

〜日々想うことをツラツラと〜

   
カテゴリー「思うところ」の記事一覧

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「あっち」

そういえば、先週末、大阪に行った時、
いや、大阪から帰ってくる時だったか。
大阪駅のみどりの券売機で切符を買って、
さーて電車の時間まで何しようかな、
とりあえず飯でも食おうかな、
と考えながら振り向いた時。
知らない女の子2人に呼び止められた。


「?」と思って「はい?」と応えたけれども何にも喋らない。
「??」と思っていると1人が白い封筒を私に見せた。
封筒の裏にはちょっと見たことない字体で、
でもちゃんと意味はわかることが書かれていた。

『心斎橋』

と書いてある。
女の子のもう片方の手にはペンが握られている。
なるほど、そういうことか。
確かによく見ると、いかにも中国人という風貌だ。


しかし困った。
私はあまり大阪に詳しくないが、
たぶん心斎橋へ行くには地下鉄が手っ取り早いはず。
というより、私はその方法しか知らない。
でもここは JR大阪駅。
田舎者には考えられないほどの人ひと人がごった返している。
日本人の私でもここから地下鉄の東梅田駅へ行くのに迷ったほどだ。
いやそれは私がおかしいだけか。
とりあえず駅が違うと伝えるか。


日本語で話してみたけれどそこはやっぱり日本語、
まったく通じない。
じゃあ筆談するか。
さっきの封筒の裏にペンを借りて『地下鉄』と書いてみたけど、
なんだかこれもあまりわかっていないご様子。
なぜ?
中国語では違う書き方なのか?


うーん、どうしよう、あっ、あの案内板を見せよう。
てくてく2人を引き連れて歩いてでっかく
『地下鉄 御堂筋線』
と書かれている文字を指し示す。
ついで梅田駅の方向を指差すと、
2人はふむふむと頷いてそちらへ歩いて行った。


私はふーっと安堵すると同時に罪の意識にかられる。
彼女たちの表情が、不安でしょうがないと私に語っていたからだ。
ちゃんと行けるだろうか?
もっと詳しく道順を書いてあげればよかったじゃないか。
というより、一緒に行って連れてってあげればよかったじゃないか。
なぜそうしなかったんだ。
誰かが教えてくれるだろうと思ったからだ。
そりゃ誰なんだよ。
誰なんだよおとっつぁん。
僕ぁお腹すいたよおとっつぁん。
訳わからんことまであーだこーだ考えてしまう。

あー中国語勉強しときゃよかった。

そう思いながらラーメンを食っている私。
もちろんそういう問題ではないとわかっている。
大阪の人混み。
自分のちっぽけさを教えてくれた人混み。

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もののあはれ

これは何事か。

近頃、私の周りでいろいろな物事が変わろうとしている。

まるでタイミングを見計らっていたかのように、

彼らは一斉に身支度を始めたのだ。

私はそれを望んでいたのか?

そうかもしれないし、

違うかもしれない。

去る者は追わないことにしているが、

今は追う気そのものが出てこない。

来る者は選別するようにしているが、

今はそんな気も起こらない。

何かが変わろうとしている。

そういう温もりを持った風のあたりを

今はただ肌で感じていたいと思っている。

なぜなら、

それがとても清々しいからだ。

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あんたと同じだって

はっきり言おう。

ねみーんだ馬鹿やろう。

おっとっと、ネジが飛んでしまいました失敬(笑)
ちなみに眠いのはいつものことです。
母親はいつも私に言います。

「あんたは睡眠不足に強いねぇ」

兄弟の中であんたが1番睡眠が短くても活動できるねと続けます。
それを聞きながら私はひっそりと思います。

「しんどくない訳ないじゃん」

睡眠が足りなければ眠くてしんどいのは当たり前です。
でも動かなきゃいけない状況があったりするから、
努めてテンションを高めて脳を興奮させて体にむち打っているだけです。
人は自分で限界を作ってしまっているんですね。
ここが限界だと思ってしまうと、
本当にそれを超えることはできなくなってしまいます。


私の睡眠の場合は、
学生時代の経験から自分は少なくともどのくらいまでは不眠状態で活動できるかを知っているので、
それ以下であれば 100% 問題ないという自信があるからこそ日常的に行っているだけです。
例えそれ以上であっても、やればいけるかもしれません。
いけるかいけないかは、やってみなければわかりません。


ここで大事なのは、
少なくともどこまでできるか、いけるかを経験しているか?
ということ。
これを知らずして自分はここが限界だと言う人は、
自分の能力を自ら殺してしまっていることになります。
そして、そのこと(自分で能力の芽を摘んでいること)には、
実は無意識下では気付いているのです。
だからその抑圧された人間の本能からくる欲求が、
いつかどこかで姿を現してくる。
抑え込んだ物を解放して自分をさらなる高みへと成長させるために、
人は無意識に行動を起こす。


最近はずっと病気というものについて考えています。
病とはなんなんでしょうか?
インフルエンザはインフルエンザウイルスに依るもの。
本当にそうなんでしょうか?
ウイルスに接触した人間は全てが発症するのでしょうか?
たばこを吸う人間は全てが肺がんになるのでしょうか?
実際は違います。
それはなぜでしょうか?
原因が究明されていない病気、治療法が確立されていない病気、
いわゆる難病や奇病と呼ばれているものは、
いったいどういう理由でその人を苦しめるのでしょうか?
不治の病だと誰が決めたのでしょうか?


宗教とは何か?
信仰と何が違うのか?
何が人を縛るのでしょうか?
六法全書と聖書、どちらを破ることを人は恐れるのでしょうか?
そもそもなぜ戒めがあるのでしょうか?
なぜやってはいけないと人々に言うのでしょうか?
その理由を考えたことのある信者は何人いるのでしょうか?
行うことが重要なのではなく、
気付くことが重要なのだと考える人はどのくらいいるのでしょうか?
人に頼る人の幸福感はいかほどなのでしょうか?


とりとめのないテーマ。
私には全てが繋がっているテーマなのです。
そんなことを考えながら、明日も仕事、頑張ります。

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靴ひもが解けたとき

いったん諦めることにして、
その諦めたことによる落胆をようやく忘れてきたかなというぐらいの
月日が過ぎたある時に突然、
その諦めていたことが目の前に突然現れてビックリすることがある。
つまり、もう諦めたのにいきなり千載一遇のチャンスが巡ってきてしまった、
という、うわぁこれどーすんの?っていう時。


そういう時、あなたはどうするのでしょうか?
どう動きますか?
もしくは、どう動きませんか?
いま私はどうするかを考えています。
今までの経験上、こういう時は一気に望みの階段を3段飛ばしぐらいで上がれることが多い気がします。
でも何も変わらない時もあります。
その違いはなんだろう?
たぶんほんのちょっとの情熱とほんのちょっとの勇気。
ほんのちょっと絞り出せるほどの気持ちが元々あったのかどうか。


けれども、何をしようと、しまいと、梅雨が明ければ夏がきます。
夏の次には必ず秋がきます。
雪が降った後には桜が咲きます。
違う空気を吸っていたとしても、それは確かに空気なのです。
物事を正解と不正解とに分けてはいけません。
不正解な選択などありはしないからです。
それはルートが変わるだけで、何を選んでも、選んだ時点ですでに正解なのです。
大事なことは、正解を選ぶことではなくて、
選択をするということそのものです。


さて、それではそろそろ決めることにしましょう。
今度はどんな道順で歩くことになるのか、楽しみです。

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みんないきなさい

みなさんご存知のとおり、
ワタクシ午前中はフィットネスジムで
インストラクターのバイトをしております。
そろそろフェードアウトしようと考えてますが、
あの爽やか1番みたいな感じのアレです。


実はそこに、私の小学校の同級生のお母さんが会員さんとして来ていまして、
まぁ私は全く気付かなかったんですが、
向こうから「ひょっとして○○小学校だった?」と声をかけられてやっとわかったんですが、
そのお母さんから、
そのお母さんの息子・娘(双子だった)が今はどこでどうしてるだとか、
あの子は今はこういうことしてるだとか、
私の小学校のクラスメートたちの近況を教えてくれる訳です。


これがなんと言いますか、たまたまだとは言っていますが、
話を聞く限りではみなさんたいそう出世しておられる訳です。
彼らの舞台は日本に収まっていない訳です。
ウソでしょ?
とか思ってネットでググッてみたら、マジであったりする訳です。
それを見た時の心境たるや例えようのないものであったりする訳です。


なぜか、焦る自分がいる訳です。
なぜなのでしょう?
なぜ「俺も負けてらんねーな」なんて
モチベーションが勝手に右肩上がりになるんでしょうか。
別に競う必要はないはずなのに。
相手にはそんな気はさらさらないハズなのに。
私は誰と戦おうというんでしょうか。
何を得ようとしているんでしょうか。
どの舞台に立ちたいと思っているんでしょうか。
そうは書いたものの、
実は私は自分でわかっているはずです。
何が欲しくて、誰と戦いたくて、どの舞台に立ちたいのかを。
それがわかっちゃったから会社を辞めたんですから。
でも、なんでしょう、このフツフツとくすぶる『俺もやってやる』的な感情は。


なんてこった、いま正にこのブログでこの文字を書いて、自分で気付きました。
『俺もやってやる』
そういうことか、そうなのか。
お前とは戦うつもりはないんだが、だが俺は負けねー。
ということか。
”争いはしない負けず嫌い”
ということか。
しかし何を以て勝ち負けなんだ。
勝つことに意味があるのか。
負けないことに意味があるんじゃないのか。
勝ち負けという言葉を自分の辞書から排除する者たちに幸せはあるのか。
心の平穏とはなにか?
なにか話が脱線してるんじゃないのか。
そんなことどうだっていいじゃない、
って CM で言ってる人のコアリズムが異常に上手いんじゃないか。
ここらへんでフロイト先生の意見を聞いたほうがいいんじゃないか。

「あんたは普通」

いやー!
普通じゃないって言われる方がいいー!(笑)
そうなんです、おもしろい人生を歩みたいんですよね。
つまらん人生を生きるぐらいなら死んだ方がよろしい。

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