久々に呟いてみよう。
自分の中の鬱積した言葉たちを吐き出してみよう。
それはこうだ。
ムカついた。
久々に人に対して本気でムカついた。
友人の言動に義憤の念を覚えた。
いや、それもみな私のエゴかもしれない。
正当化しようとしている側面が垣間見えるだろうか。
全ては結果論のようにも思える。
だがそんなことは関係なかろう。
これは心の声だ。
所詮は人の子。
完璧ではあり得ない。
しかし完璧でありたいと願う。
いや、違うな、
完璧になろうと努力し続けることに意味があるのではないか。
つまり、目的達成が目的ではない。
そこに至ろうとする過程に意図がある。
聖書では愛を説く。
完璧な愛を。
敵を愛する。
それは可能か?
その法を伝道した者の心中では、
不可能なものと位置づけられていたかもしれない。
あえて不可能な目的を設定することによって、
人に如何にして達成するかを考え続けさせることになる。
それこそが狙いではないのか。
道とはそういうものではないのか。
だからその道を歩くことを放棄した人間を、
私は怒りを抑えずに見てしまう。
わかりやすく言えば、
愛が無いんだよ。
お前のその人を見る瞳の中に、
愛は宿っているのかい?
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